こんにちは。カトヒサ(@hisayosky)です。
言語聴覚士はリハビリテーションをする職種です。理学療法士の仲間ですね。
病気や怪我で障害を負った患者さんが食べたりしゃべったりできるようにするのが仕事です。
言語聴覚士は国家資格で立派な専門職です。いちおう生活できるくらいの収入もあります。就職先もわりとあります。
世間から「いいお仕事」に見られるようで人に職業を説明すると、
総じて好意的な反応が返ってきます。
そんないいお仕事ではありますが、現在の職場を退職するのを機にぼくは辞めます。
おいおい。職場を退職するからって仕事まで変えなくてもいいじゃないか。
べつの病院で言語聴覚士続ければいいだろう。もったいない!
こう考えるのがふつうです。資格のある仕事だからなおさらです。
でも、ぼくは辞めます。もう決めました。というか心の中ではすでに辞めてます。
なぜ辞めるのか。
それは「仕事がおもしろくない」からです。
そして「この仕事を続ける意義が見出せなくなった」からです。
たったそれだけ!? と思いましたか?
世の中甘く見てんじゃないぞー!!! とお叱りも受けそうです。
でもよく考えてみてください。
意義がないと思いながらも(収入のために)やりたくない仕事を続けるのって、人のためになりますか?
仕事がおもしろくないことはぜんぜん「たったそれだけ」じゃないですよ。
仕事がおもしろくないのは働き続ける上で致命的な欠陥です。10年かかってやっとそれがわかりました。
わかった以上、ぼくは言語聴覚士を辞めます。
今回はぼくが11年続けた言語聴覚士を辞める理由について解説します。
ではいってみましょう。
ぼくはなぜ言語聴覚士になったのか
そもそもこんなぼくが、なぜ言語聴覚士になっちゃったかですよね。
ずばり「仕事に困っていたから」です。
学生時代、大学院まで進んだぼくは見事に就職しそびれます。就職活動においては企業様からお祈りメールを山のようにいただきました。
その結果「手に職をつけるしかない!」と考えるに至ります。
大学院の専攻が言語関係だったので「言語」と名の付く仕事を探して言語聴覚士にたどり着きました。
大学院にまで行って専門とぜんぜん関係ない仕事をするのはいやでした。変なプライドがあったんですね。
言語聴覚士なら自分の長すぎた学生生活も少しは肯定できるのではないかと思いました。完全に自己満足です。
こうして言語聴覚士の道に足を踏み入れました。
ゆえに志はゼロ。
ふつうこういう仕事に就く人はなにかしら崇高な志をもっているものです。
しかしぼくは就職難の大洪水にのまれて流されてきただけの人。
とにかく働けるようになりたい。ありていにいえば、給料もらえる身分になりたいという一心で言語聴覚士になっちゃったわけです。
言語聴覚士って本当に専門職?
いくつかの幸運がかさなってぼくは言語聴覚士になることができました(数々の幸運にはいまも感謝しています)。
言語聴覚士は「食べる」「しゃべる」「頭を使う」ことに関する専門家です。
飲み込む力が弱っている人には、安全に食事が食べられるような工夫をします。
脳卒中などで口が回らなくなった人には、口の回りが良くなるように練習メニューを考えます。
一見専門職っぽい仕事に見えますが、あるときぼくは気づいてしまった。
たとえば「手術をしてください」と言われたら一般人には手も足も出ません。
逆立ちしても素人にできないことなら文句なしに専門職の仕事と言えるでしょう。
「安全に食べさせる」とか「しゃべる練習をする」のは、なにも知らない人がやってもできなくはありません。
はじめは手探りで失敗するかもしれませんが、何回か繰り返すうちにやり方が育ってきます。
質問形式の検査に至ってはマニュアルどおりにやればいいので文字が読めれば誰でもできます。
解釈が難しいという人もいますが、早見表でも作っておいたらいいだけの話です。場数を踏めばまちがいなく誰でもできるようになります。
異常があるかどうかを判定するだけなら専門知識はあってもなくてもいいのです。
だとすると、これは専門職の仕事と言えるだろうか?
難しそうに見せかけてじつは仕事を囲い込んでいるだけじゃないのか。
たぶん見方の問題なのですが、一度そういう目で見てしまうとなかなか元には戻れません。
「専門職詐称疑惑」がぼくの頭の中をぐるぐる回るようになりました。
言語聴覚士の仕事を「やりたくない」と気づいた出来事
だれにでもできそうなことを高い質でできるから専門職なのだ、という考え方があります。
この考えには賛成です。絵描きや歌手を想像するとわかりやすい。
だからこそ専門職に就くものは日々研鑽に励み、勉強しなければならない。
もっともです。これにも異論はありません。
しかし、ぼくは勉強しませんでした。勉強したくなかったからです。
はじめのうちはがんばろうとして本を開いたりしました。が、10分と見ていられませんでした。
わかりにくすぎて読む気がすぐに失せてしまうのです。
勉強会もありました。出なければいけなかったのでいちおう出ていましたが、心の底から「勉強になったなあ」と思ったことは1度もありません。
出て損したなあと思うことはいっぱいありました。
それっぽく話してはいるけれど、本当に話しているとおりにSTの力で患者さんが変わったんですか?という気持ちがずっとありました。
専門職には研究発表も求められますが、10年間逃げまくって現在に至ります。
おかげで業績として挙げられるものはなにひとつありませんが後悔もまったくしていません。
本心では「やってもしょうがない」と思っていることを「やらなければならないから」という理由でやるのは納得できなかったのです。
こんな自分の不真面目きわまりない姿勢を「なまけているのだ」と思っていました。
努力をしない自分が悪いのだと自らを責め、自己嫌悪に陥ったこともありました。
でもよく考えてみると、やりたいことなら逃げたりしないですよね?
どんどん新しいことに取り組んで吸収しようとしますよね?
やらずにはいられないものですよね?
そう思ったときにぼくは気づいたのです。
「あ、ぼく、この仕事おもしろくないんだわ・・・」と。
じつは「やりたくない仕事」だったのに、そこを無視し続けてきたのでした。
おもしろくなければ限界は見極められない
おもしろくないことに情熱は捧げられません。力も出し切れません。
ということは自分の限界も見えてこないじゃないですか。
なんとなく働いておわりじゃないですか。
せっかくの人生なのにそれではもったいないと思う。
これについてはメジャーリーガーのイチローさんの言葉がドンピシャなので引用させていただきます。
「自分が一番情熱を捧げられるものに対しては、向き合うことができる。
それ以外のことだったら、もし壁にぶち当たったら、そこで引き返してしまったり、その壁を越えないと思いますけど、野球だけでそれを僕は出来ると思います。
自分の限界を見極めることができる、唯一の手段だと思います」
ーイチローが語る“哲学” 野球は「自分の限界を見極められる唯一の手段/Full Countより引用
ぼくにとって自分の限界を見極められる手段が何なのかはまだわかりません。
いまのところわかっているのは、
- 限界を見極められる手段を真剣に探したことはいままでなかった
- ぼくにとって言語聴覚士は限界を見極められる手段ではなかった
この2点です。
「24時間考えていられるものじゃなければ一生を捧げる仕事にはならない」
と思っています。
言語聴覚士のことは10分も考えられません。むしろできるだけ考えないようにしていました。
だから勉強しなかったし週末がやたらたのしみだった。
2日の休みのために平日の5日間働いているようなものでした。
反対にブログやデザインのことはどれだけでも考えていられます(現在は大手企業グループにてWebマーケティング担当として、コンテンツ配信やデザイン業務を行なっています)。
ブログやデザインは自分の限界を見極められる手段かもしれませんが、まだわかりません。言語聴覚士よりずいぶんましなのは間違いありません。
誰にでも「輝ける場所」は絶対ある
だからぼくは仕事を変えることにしました。
国家資格でも、安定していても、人の役に立つ仕事であったとしても「おもしろくない仕事」はもうしない。
これからは「やりたくない仕事」は絶対しない。
どうせやるなら「ついがんばってしまう仕事」をしたい。
「自分株式会社代表取締役社畜」でいいからおもしろい仕事がしたい。
そして、ああ仕事したなと思って一生を終えたい。
「いまここで成果が出せないならどこへ行っても同じだ」という意見もあります。
ぼくは10年同じ場所にいて咲けませんでした。あと10年ここにいたら咲けるでしょうか。
「石の上にも三年」という言葉はじつは現代には合わないんじゃない?という話もあります。
「石の上にも三年」の真意。
「何も考えず、どんな嫌なことでも3年は我慢せよ」は間違い。
「好きな分野なのだから、3年は我慢して続けた方がいい。そうすれば、得意なことを生かして成功できる」が正解。
宇宙兄弟が3年目から売れた、的な話https://t.co/o5CuAjx6gV— タク@プロブロガー&投資家 (@TwinTKchan) November 1, 2017
辛抱強くひとつのことに取り組む大切さは否定しません。
問題は「その石の上にいて楽しいか? 本当はイヤだけど我慢して座ってないか?」ってことです。
イヤイヤ座っているくらいなら、さっさと次の石を探したほうが結果が出ます。
なんでもかんでもねばり強くやればいいってもんじゃない。辛いことが成果につながる手応えとは限りません。
私という人間に変わりはないけれど、「戦う場所」を変えれば結果は変わる。
同じ努力をしても、「戦う場所」によって人生には天と地ほどの差が生まれるのです。
出典:マレーシア大富豪の教え
誰にでも「輝ける場所」はかならずあります。
運良くたどり着けたならよし。たどり着けていないなら自ら動いて探すしかない。
でも探さない人の方が多い。ぼくも仕事を辞めることにならなければ探そうと思わなかったでしょう。
だから退職は好機なのです。これを生かさずに、同じ石の上にあと10年座っているのは最善と言えるでしょうか?
働くのは食うため? 生きるため?
結局、食うために働きたいか生きるために働きたいかなのです。
食うために働くのであれば今の職場にとどまるのが最良です。仕事はおもしろくないけれど給料は確実にもらえます。
安定を求めるならばそこに目をつむるのもいいでしょう。
ぼくは生きるために働くことを選びました。
どうせなら生きたなーっていう働き方をしたい。
生きることは働くこととほとんどイコールと考えています。だったら生きるために働いたほうがいい。
セスナ機を一機所有しているとしましょう。免許もあります。
落ちたら危ないからといって道路を走るだけだったとしたらたのしいですか?
翼もエンジンもあるならフルスロットルで突っ走って舞い上がったほうが絶対たのしいし、セスナ機を所有している甲斐があるというものです。
タイヤの空気が抜け翼が折れてエンジンにガタがきてからでは遅いのです。
退職のおかげで目の前に滑走路が現れたのでした。
だからぼくは仕事を変えます。
「言語聴覚士辞めたいけど」と悩んでいる方へ
お仕事がツラいのは、本当に言語聴覚士が合わないからでしょうか。
これはきちんと明らかにしましょう。
勢いで辞めるのは決してお勧めしません。後先考えないで辞めると、それなりに苦労します。
ただ職場が合わないだけで、じつは職種自体は悪くないかもしれないのです。
言語聴覚士を廃業するのは、別の職場にトライしてからでも遅くないですよ。
最後に
いろいろ書きましたが、「辞めるのが正解」ではありません。
どんな選択をしたとしても、自分の選択は正しかったと言えるだけの行動ができればいいだけの話です。
惜しみなく行動が続けられる方に舵を切ってください。同じ悩みを抱えたものとして応援しています。
聞きたいことがあれば連絡ください。ぼくでよければ相談に乗ります。
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